朝のウォーキングでカラスに攻撃されて気づいたアンガーマネジメント

在宅勤務中心の生活なので、朝7時から英語のシャドーイングをしながら20〜30分ウォーキングをしています。

たまたまいつもと違うコースを歩いていたら、前方50mのところに二羽のカラスが。

電線の上で「カァカァ」とだいぶ大きめかつ賑やかに鳴いていたので、「近くに餌でもあるのかな?」くらいの気持ちでその下を通り過ぎようとしました。

そして彼ら(カラス)の前(というか下)を通り過ぎたところ、なんと後ろから「グワァグワァ」と鳴きながら、頭上近くを飛んでいったんです。

「これは威嚇してきたか?」と思い様子を見ていたところ、先程通り過ぎていったカラスはUターンして、真正面から頭上を通り過ぎていく。

更にもう一羽が間髪入れずに「グワァグワァ」と鳴きながら、後方から頭上近くを通り過ぎていく…

完全に威嚇されていると悟り、一旦立ち止まって二羽を正対する。

すると、向こうも動きを止め、飛んでこない。

試しに、進行方向へ向き直って歩き始めると、二羽で低空アタックを仕掛けてくる。笑

このままずっと追いかけられそうだったので、後ろ歩きに切り替え、二羽と正対したまま距離を離し、威嚇ゾーンを脱出しました。

ちなみに後ろ向きで歩いているとき、1台の自転車が威嚇ゾーンへ飛び込んでいったのですが、その自転車に対しても二羽でアタックかけていました。汗

そんな朝のカラスアタックで驚きの感情を残したままウォーキングを再開したのですが、そこでふと、ひとつの気づきが浮かびました。

それは、怒気を込めたアプローチは、相手にも怒気(というか、殺気)を生むということ。

相手(カラス)なりに理由があったから、きっと怒っていたのですが、唐突に攻撃を受けた自分はその時点で知る由もなく。

最初は「何だなんだどうした!?何が起きてるんだ!?」と戸惑いの感情ですが、そのまま攻撃が続いていくと「何だコノヤロー」と、怒りの感情が湧き上がってくる。

「ちくしょー、捕まえて地面にたたきつけてやろうか」

「いきなり攻撃しやがって!くそーなんとかしてやり返してやろうか」

こんな気持ちが、カラスのアタックを受けているときに芽生えているのです。

今回、そんな怒りの感情が芽生えましたが、それを実行することはなく。

感情を抑えて、冷静に距離を起きながらフェードアウトしてきましたが、「人間同士でも同じような感情が起きるよな」と思いました。

社会には、なぜか不機嫌で、怒気を込めた威圧的なコミュニケーションを取る人がいます。

このアプローチは、受けた側へ「殺気に似た怒り」を生む引き金となり、問題が解消するどころか大きくなり、炎上してしまう。

そして、今までの両者の関係性も一瞬で壊すので、良い方向には進まない。

怒りは怒りを買うだけ。

威圧的なコミュニケーションを受けた側は、私がカラスアタックを受けたときに感じた怒気、殺気、恐怖、圧迫感のようなものが生まれ、気分の悪い状態へ一直線。

何もよいものが生まれません。

怒りや威圧的なアプローチを受けたときは、怒りで抵抗・対抗するのではなく、「本人がなぜ、何に対して怒っているのか」に意識を向け、自分の中に芽生える殺気を抑えて、冷静に受け取ることに努める。

途中、イラッとする言葉やムカッとする言葉が投げかけられ、「このヤロー、ギャフンと言わしてやろうか」という感情が一瞬にして沸き起こりますが、グッと堪えて、聞ききる。

そして、距離を置きながら、発生している問題に焦点をあててコミュニケーションを取り続ける。

こうやって対処できるのではないか?と考えました。

逆に、もし自分が怒りをぶつけたくなったときは、その感情をそのままにぶつけることはしない。

もし怒りのアプローチをすれば、自分が受けたときに芽生える感情と同じものが、相手に生まれるだけで問題解決には至らない。

人間は感情を持つ生き物だから、大事にしていることを粗末にされたときなどに、怒りの感情が芽生えるのは仕方ない。

むしろ正常かと。

だけど、この怒りの感情を自分の中で落ち着かせて、別の表現に変えて相手と接することができるかどうか。

これが、人間性を磨くとか、人としての器を広げるということに繋がっていくんだと思いました。

アンガーマネジメント。

二羽のカラスに感謝です。

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