いくつかの要因が重なり、お客様の不満が溢れてクレームになることがあります。
管理者や責任者には、だいたい火が大きくなった状態で回ってくるので、報告を受けるとまず、経緯を確認していくと思います。
今まで何が起きていて、どのような対応をしてきたのか?
そこでお客様はどう反応したか?
その時の心情はどうだったのか?
そして、お客様は現在何を求めているのか?
といったことを、時系列で整えていきますが、この時に気をつけたいのが「事実」や「事象」だけを集めないようにすること。
こうした、ああした、その後こうなった。
で、今こうなっている。
という風に情報を集めていくと、確かに時系列で何が起きていたのかを整理することが出来ますが、お客様の感情が置き去りにされてしまう。
こちらの対応が何かしらのインパクトをお客様に与え、それによりお客様が反応しているので、その反応には必ず感情が含まれます。
先ほどの
「こうしたら、ああなった」
のところで言えば、
「ああなった」
状態の手前に何かしらの感情があり、その感情をもとにして
「ああいう風になった」
という具合に事象を一つずつ捉えていく。
そして、その感情を、自分ごとにして共感してみる。
この状態で対応すると、お客様も
「この人は今までの私に起きた事をちゃんと受け取っていてくれて、こちらの感情も分かってくれている」
という風に感じるので、お客様の話を聴き、受け止めていく過程で感情が和らいでいくように思います。
そして、ご迷惑をおかけした一連の行動に対して
「申し訳ありません」
というお詫びも、言霊となってお客様に伝わっているように感じます。
お客様の感情を拾わなくても、時系列は整理されているのでお怒りになったポイント(要因)は分かっており、今後の対応も伝えられる状態にはあります。
しかし、論理的な対応が繰り広げられるので、お客様から仮に「分かりました」という回答を得られたとしても、心のどこかに「言いくるめられた感」や「伝え切れていない感」が残り、完全にすっきりした状態にはならないと思われます。
クレームとは、お客様が自社のサービスで不足している事に気づかせてくれるありがたいものです。
お怒りになっているのでその場はグチャグチャしていますが、感情まできちんと拾って対応すれば、より良い関係性が築かれていくことがほとんどです。
なので、ミスを起こした事実から目を背けたり、面倒だから適当に終わらせたい衝動に駆られますが、ここでしっかりと事実を見つめて受け取る。
そして、この事実によりお客様に生じた感情に浸る。
まるで自分がそのお客様であったかのように。
まさに一つの物語として捉え、その物語をお客様と共に進める登場人物となれば、自然とお客様の不満に向き合い、受け止める心構えができる。
そして受け止めた先にあるお詫びや改善のメッセージは、電話でも文章でも、お客様に必ず伝わる。
というか、響く。
「経緯を確認する」ではなく、
事実と感情の混じり合った「物語を確認する」
クレーム対応するときの自分の中のイメージを言葉にしてみました。